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Re:岡野史佳大辞典『君の海へいこう』

記事番号:808
投稿者名:たてにょん (http://www.sfc.keio.ac.jp/~lapis/every/)
投稿日時:1999/09/03(金) 17:10:04
引用記事:794
ども、たてにょんです。

〉kitaです。
〉たてにょんさんの書いたものを勝手に抜粋しますと、
〉…確かに大自然で体験してしまって「わかってしまう」ことはあると思うのだけど、
〉その体験の大きさに比べて伝えたいという「描写」が釣り合っているかというと、
〉まだ体験にひきずられているのかなと思います。お話にするためには、一度、徹底的に
〉解体しないと、人に伝わる形にはなりにくいので…

ちなみに、ぼくが書いたこの部分は「reflexion side b」の、過去のレビューをあさると、
改訂前の全文が読めると思います(辞典にするときに、細部を改訂しました)。

〉「だから読み手が補ってやらないといけない」などと実のないことは言わなくて
〉(それができないから苦労してるんで、大体、簡単にそんなことができるのなら、
〉地球上にこんなにうじゃうじゃ人間が存在する必要もない)、別のことを考えていました。
〉
〉おそらく岡野さんが見たのと重なるシーンが昔NHK「いきもの地球紀行 岩合光昭
〉ハワイでクジラを撮るの巻」で流れましたが、時間は3秒もないです。
〉私の鳥での経験もそんなものです。これくらいの時間でなにができるかというと、
〉はっとして、どきっとして、呆然とする、くらいです。映画でもそうです。
〉写真や絵画では、もう少しつっこんだ探り方ができますが、やっぱりこれは
〉”止まっていて(切り取られた時間)、勝手に消えてしまわない”からなのでしょう。
〉そう思って『海育ちの風』見開きと『きみの海へいこう』クジラの部分を比べてみると、
〉後者は流れの一部として描いてるから、どうしても前後を続けて読んでしまうのですね。
〉まあこれは単にテクニックの問題なのかもしれませんが、私は「わかってしまった」という体験を
〉漫画にするのは難しいんじゃないかと思ってます(音楽を漫画にするのが難しいのと同様)。

映像作品(映画やビデオや、アニメとか)は、時間をコントロールする芸術だと思います。
そして、マンガや小説には、(基本的には)その要素は存在しません。だけど、小説に比べる
と、まんがのコマ割りってのは、テンポをコントロールしようとする努力なんじゃないかと思
ってます。そこらへんは、テクニックの問題なんだろうなあ。

「わかる」という体験は、とても難しいですが、特別な瞬間です。特別な瞬間をどう描けるか
どうか、というのは、「特別な瞬間を描く」ということでは、決して描けないものだと思いま
す。それよりも、その作品を通して、いかに特別な瞬間を励起できるか、という事のほうが大
事だと思うわけです。個人的に言えば、「フルーツ果汁」や「海育ちの風」にはそれがあった
けど、「きみの海」や「宙の約束」にはなかったなあ、と思うわけです。これはもちろん、何
を主とするかというものにもかかわっていて、つまり、「ストーリー」からはみ出たものをど
れだけ許容するのか、という事にもつながっています。

すべての要素が単にストーリーに回収できるだけのものでしかないとしたら、なんか、それは
ちょっと寂しいなあと思ったりします。今、市場に求められているものは、そういうものじゃ
ないような気がするけれど、読んでいてひっかかりを一つも感じられない作品には、単なる暇
つぶし以上の価値を見いだせないなあ。

〉ストーリーがある以上、読み手は描き手の設定した時間(テンポ)に乗って読み進むわけで、
〉その時間の流れを読み手が強引にコントロールするのは…やってもあまり得るものはないでしょう。
〉どちらかといえば、これは絵画や写真が得意とする領分だと思います。
〉(漫画でやってもいいけど、それはもはや普通の絵とかわらないと思う。そうなると
〉ストーリーが果たして必要なのか、疑問。)
〉たとえば、『宙の約束』風見駿次については、漫画をベースにするのではなく、
〉まず星野道夫の写真を思い浮かべてから読みかえしていました。
〉この人の写真を「孤絶感」と評した人がいましたが、風見駿次にもそれに通じるものがあるからです。

マンガにおいて、読み手がコントロールするのは、画面からどういったイメージを
膨らませるか、という事だと思います。そこに、より多くの断片を重ねることが出
来れば出来るほど、より作品世界を豊かに感じられるというか。

〉それではこの手の話は永久にわからないかというと、そういうこともないです。
〉締め切りのない宿題だと思って、いつも頭の隅に疑問として置いとけば、いつかめっかるもんです。

同感(^^)わからない事をわからないままで、自分の中で熟成できるかどうかというのも、
一つのチャレンジだと思います。

〉まあでも、岡野さんにはもっと工夫してもらって、再挑戦してもらいたいですね。

しばらくは「オリジナル・シン」みたいですけれど、ばんばん短編も描いて
欲しいですね〜。

〉読み返すと…うーん、いまいちピンボケです。でもいい。もう眠いし(笑)。

うーん、僕のも、いまいちまとまらなかった…。同じ論旨でまた書いてみたいです。
それでは。


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