【 SALON★DE★FUMICA(岡野史佳BBS) 】 fumica.com - communication space

[前の記事] [次の記事] [ボード一覧] [記事一覧] [新しく投稿] [この記事に返答] [削除]

『雪が映る 声が映る』

記事番号:2837
投稿者名:kita
投稿日時:2003/12/22(月) 22:30:36
『雪が映る 声が映る』
一言でいうと、「非常に良い」。

10ページという量はストーリーを成立させるにはかなり微妙、ほとんど無理だが、
そのぶん「岡野史佳の感性」が表に出ているので楽しめる。

感性と言うと漠然としているが、「感情」とまで形としてまとまっていない、感覚
というほど抽象的でもない。星の一生に例えれば、ガスが集まり形を成しつつある
状態に当たるか。これを作品の芯として読むしか「方法がない」。



作品の細部には触れないが、視覚以外の感覚を元に人物像を構築するという行為は、
直接視線を交わす場合より、えてして相手の心根のより深い部分に接近できる道に
なりうるのではないか、とも思う。

また、例えばジョン・ケージ『4分33秒』が聴き手の世界の見方を変えるように、
見えないものを見る、という行為のスタート地点は「なにもない」=「普通の手段
に頼らない」こと、なのだろう。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「岡野史佳の感性」のもう一つの定義=描写能力。
何を題材にするか、は当然年齢によって変わるのだが、どのように紙に固定するか、
その切り口と手法は昔も今も変わらず清冽だ。

「知らない世界」を描いているのではない。漠然とではあるが誰もが知っている世
界を描いているのだが、だからこそ、それをどう伝えるか、が作品の評価を決める。
食べ物でいうなら、食材自体ではなく料理の腕を、目でも舌でも嗅覚でも味わう、
そのような楽しみ方がこの作品にはふさわしい。

一方、題材=食材、を選ぶ目(これも感性である)を重視し「岡野は昔は良かった
今は駄目」という結論を持っている人にはお勧めしない。
題材自体は以前岡野が使ったものも混在している。また、最後に述べるが作品形式
の特性上、減点法評価では楽しみを持続することが難しいからだ。



今は体調の関係で長い話は描けないようだが、裏を返せば今回のような短い作品を
読めるのは今しかない、ということでもある。
作者のストーリー作りの面白さは『ラブリー極東』で楽しめる。他の重要な要素を、
今回のように凝縮された…
…制約の多さゆえに作者の特質がよく出る、またその特質だけで作品が成立する…
形で何作か読んでみたい。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
と書いてきたが、私の作品評価と作者自身のそれとは見事な反転関係があり、
他の読者とも乖離しているだろうから、この感想に普遍性はないだろう。
まあ、こういう読み方をした人間もいる、ということだ。

ひとつ確言できるのは、初読時の読後感がこの作品の評価を左右する、ということ。

量がない分、読み返すことによる発見はさほど期待できず、その分出会いの印象が
重みを増す、そんな作品だ。


[前の記事] [次の記事] [ボード一覧] [記事一覧] [新しく投稿] [この記事に返答] [削除]