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蜷川演出「ペリクリーズ」於さいたま芸術劇場
記事番号:2244
投稿者名:kita
投稿日時:2003/03/17(月) 00:23:00
演劇はまだ両手の指ほども見ていませんが、これは良かった。
新聞の批評を読んでしまったので(笑)、それに沿って細部を注視してました。
(最初はだれかの感覚をまねる…なぞって自分のものとする過程は必要だと思う)
今日で終わったし、新聞に載った範囲プラスアルファならネタバレもいいでしょう。
戦争で崩壊した都市、空襲の焼け跡のように立つ何本かの水道管と、その水を受けるバケツ。
その舞台に、羅災し手足を失った旅の一座がやってきて、荷物から義手、義足を出して
それらをつけ、「ペリクリーズ」という芝居を始める…
話自体は波瀾万丈ハッピーエンドなのですが、常に水道管とバケツ=現実は舞台上にあります。
そして、人の生き死に…誕生・死・復活…の場面では、その現実が比重を増して劇中劇と重なる、
そういう演出でした。
(オラこれらの場面で訳もなく泣けただよ)
そして狂言回しが何度も口にする「想像力」。
食うものもなく寝るところもない現実と、艱難辛苦の末悪は罰せられ善が報われる「お話」を
つなぐものは、想像する力。現実で手に入るものはこの力だけ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
現実とお話が同一化する部分が、一カ所ありました。
「七年、戦争に行って片足なくして、貰った恩賜は義足代にもなりゃしない」
このセリフが劇中劇「ペリクリーズ」にピタリと融合して齟齬がない、ここで二つの世界が交差するから
これ以後の勧善懲悪的嘘臭さが、こうあってほしいという「望みあるいは願い」になりえるんだよなあ…
まあ、それだけ際どいつくりなのかもしれませんが、基本的には明るい話です。きっと(笑)。